第7章 / 10 · 紀元前539年またはその直後
復元図であり、測量ではない。寸法に出典が示されていない限り、位置と大きさは概数である。
バビロニアの楔形文字で書かれた粘土の円筒。それが何か、埋めるためにどう作られたか、どう発見されたか、本文がどう配置されているか。
スクロールして開始するか、再生を押してください。
場面 1 / 8 · 紀元前539年またはその直後
粘土の円筒
長さ約22.5センチメートルの粘土の樽形円筒で、バビロニアの楔形文字45行が記されている。
解説
キュロスのシリンダーは、樽の形をした粘土の物体である。長さは約22.5センチメートル、直径は約10センチメートルである。これらの大きさは、大英博物館の記録で要確認である。
文章はバビロニア語、楔形文字で、45行にわたって書かれている。大英博物館に所蔵されており、番号はBM 90920である。
測定値
測定値
出典: The British Museum, The Cyrus Cylinder, museum number 1880,0617.1941 (BM 90920), collection record, 2026 要確認 · I. Finkel (ed.), The Cyrus Cylinder: The King of Persia’s Proclamation from Ancient Babylon, 2013, introduction 要確認 · M. Cogan (translation), adapted to H. Schaudig’s edition, The Cyrus Cylinder, lines 1 to 45, The Context of Scripture, vol. II, 2003, lines 1 to 45 (Livius.org edition) 二次資料
ナレーション台本
これがキュロスのシリンダーである。小さく、手の長さほどで、粘土でできている。バビロニア語の楔形文字45行がその周りを巡る。ロンドンの大英博物館に保管されている。ここでの大きさは博物館が公表した数値に従うが、まだ確認が必要である。
場面 2 / 8 · 紀元前539年またはその直後
埋めるために書かれた
シリンダーは奠基文書である。末尾は、都市の城壁イムグル・エンリルの工事で終わる。
解説
バビロニアの王たちは、修復した建物の基礎に銘文を刻んだ物を納めた。キュロス円筒はこの伝統に属する。展示ではなく、埋めるために書かれた。
終わり近くで、文章はバビロンの大城壁イムグル・エンリルの工事について語る。また、工事中にアッシリア王アッシュルバニパルの碑文が見つかったとも述べる。
図は、発掘者が測った内側の二重の壁を、このような文書が置かれた種類の構造として示す。
どうして分かるか
どうして分かるか
この文書の類型は、それ以前の多くのバビロニアの奠基碑文から知られている。アメリー・クールトは、シリンダーがその慣例にいかに忠実に従っているかを示す。
出典: M. Cogan (translation), adapted to H. Schaudig’s edition, The Cyrus Cylinder, lines 1 to 45, The Context of Scripture, vol. II, 2003, lines 38 to 45 (Livius.org edition) 二次資料 · A. Kuhrt, The Cyrus Cylinder and Achaemenid Imperial Policy, Journal for the Study of the Old Testament 8 (25), 1983, pp. 83 to 97 要確認 · I. Finkel (ed.), The Cyrus Cylinder: The King of Persia’s Proclamation from Ancient Babylon, 2013, introduction 要確認
ナレーション台本
シリンダーは広間で読まれるために作られたのではない。埋められるために作られた。バビロニアの王たちは、修復した建物の基礎にこのような文書を置いた。終わり近くで、シリンダーはバビロンの大城壁イムグル・エンリルの工事を述べる。工事中にアッシリアの王の古い碑文を見つけたことにも触れている。
場面 3 / 8 · 1879
1879年に発見
シリンダーは1879年にバビロンで、大英博物館のためのホルムズド・ラッサムの発掘中に見つかった。
解説
シリンダーは1879年にバビロンで、大英博物館のためのホルムズド・ラッサムの発掘中に見つかった。正確な出土地点はおおまかにしか記録されていない。
コルデヴァイは、自身より前の調査のなかにラッサムのバビロンでの作業を挙げている。博物館は1880年にシリンダーを登録した。
どうして分かるか
どうして分かるか
博物館の台帳と収蔵記録は、発見の年と登録の年を示す。これらの詳細は記録で要確認である。
出典: The British Museum, The Cyrus Cylinder, museum number 1880,0617.1941 (BM 90920), collection record, 2026 要確認 · I. Finkel (ed.), The Cyrus Cylinder: The King of Persia’s Proclamation from Ancient Babylon, 2013, introduction 要確認 · R. Koldewey, trans. A. S. Johns, The Excavations at Babylon, 1914, Preface 検証済み
ナレーション台本
シリンダーは1879年にバビロンで、大英博物館のためのホルムズド・ラッサムの発掘中に見つかった。正確な出土地点はおおまかにしか記録されていない。翌年に博物館の収蔵品となり、海外への貸出を除き、以来ずっとそこにある。
場面 4 / 8 · 紀元前539年またはその直後
粘土を巡る45行
文章は樽の周りを段で巡る。図は、読者が見つけられる数行に印を付ける。
解説
文章は樽の周りを45段で巡る。図は各段を、細い線の間の帯として示す。内側の楔の印は模式的で、実際の文字ではない。
番号付きの注記は、読者が見つけられる行を示す。12行目はマルドゥクがキュロスを指名する箇所、17行目は戦いなくバビロンに入る箇所、20行目はキュロスが語る箇所、30行目から34行目は神々と人々が戻される箇所、38行目はイムグル・エンリルの城壁である。
測定値
見つけられる場所
ナレーション台本
文章は粘土の周りを45段で巡る。ここでは各段が帯で、内側の楔は文字があることを示すだけで、実際の文字ではない。番号を付けた印は、どの翻訳でも調べられる行を示す。12行目はキュロスの名を挙げる。17行目はバビロンへの入城を語る。38行目は城壁の名を挙げる。
場面 5 / 8 · 紀元前539年またはその直後
二つの声
前半はキュロスについて語る。20行目からは、キュロス自身が語る。
解説
1行目から19行目は三人称で語られる。前の王ナボニドスがマルドゥクの礼拝を怠ったと非難する。マルドゥクは正しい支配者を探し、アンシャンの王キュロスを呼び、戦いなくバビロンに入らせる。
20行目から語り手が変わる。キュロスは一人称で語り、称号と祖先を述べ、バビロンへの配慮を説明する。
これは、バビロニア王の文書が新しい王を神の選びとして示す方法である。目的を持った、当時のために書かれた文書である。
討論
誰が、誰のために書いたのか。
文章は、長い王の伝統の中で、バビロニアの書記によって作られた。それがキュロス自身の政策をどこまで反映し、書記の慣例をどこまで反映しているかについては、読者の間で議論がある。
A. Kuhrt, The Cyrus Cylinder and Achaemenid Imperial Policy, Journal for the Study of the Old Testament 8 (25), 1983, pp. 83 to 97 要確認 · P. Briant, trans. P. T. Daniels, From Cyrus to Alexander: A History of the Persian Empire, 2002, ch. 1 要確認
出典: M. Cogan (translation), adapted to H. Schaudig’s edition, The Cyrus Cylinder, lines 1 to 45, The Context of Scripture, vol. II, 2003, lines 1 to 19 and 20 to 22 (Livius.org edition) 二次資料 · A. Kuhrt, The Cyrus Cylinder and Achaemenid Imperial Policy, Journal for the Study of the Old Testament 8 (25), 1983, pp. 83 to 97 要確認
ナレーション台本
この文章には二つの声がある。前半は、旧王ナボニドスと、神マルドゥクが彼から離れたことを語る。マルドゥクはそこでアンシャンの王キュロスを呼び、戦わずにバビロンに入らせる。20行目からは、キュロス自身が、称号と祖先とともに語る。主張を立てるために書かれた、王の文書である。
場面 6 / 8 · 1970年代に特定
断片B
イェールにある小さな断片が、最後の数行の一部を補う。1970年代に確認された。
解説
シリンダーは断片として残っている。主要な断片Aはロンドンにある。小さな断片Bには36行目から45行目の一部が残る。
断片Bはイェール・バビロニア・コレクションに所蔵され、NBC 2504として目録化されている。1970年代に、円筒の一部であると特定された。これらの詳細は、刊行物と照合して確認する必要がある。
分解の操作で、断片Bがその位置から持ち上がる。
出典: P.-R. Berger, Der Kyros-Zylinder mit dem Zusatzfragment BIN II Nr. 32, Zeitschrift für Assyriologie 64, 1975 要確認 · I. Finkel (ed.), The Cyrus Cylinder: The King of Persia’s Proclamation from Ancient Babylon, 2013, introduction 要確認 · M. Cogan (translation), adapted to H. Schaudig’s edition, The Cyrus Cylinder, lines 1 to 45, The Context of Scripture, vol. II, 2003, lines 36 to 45 (Livius.org edition) 二次資料
ナレーション台本
シリンダーは割れている。大半はロンドンにある一つの大きな断片である。イェールに保管されている小さな断片には、最後の10行の一部が残る。同じ物の一部と認められたのは1970年代になってからである。ここでは小さな断片が持ち上がり、本来の位置を確かめられる。
場面 7 / 8 · 2010年に特定
粘土板の写し
同じ文章は粘土板にも写された。大英博物館で二つの断片が確認された。
解説
2010年に、大英博物館にある粘土板の2つの断片が、円筒の本文を記していると特定された。
こうして文章は写され、埋められた一つの物を超えて広まりえた。断片は汎用の粘土板として示す。大きさは描いていない。
ナレーション台本
同じ言葉は普通の粘土板にも写された。そのような粘土板の断片二つが、2010年に大英博物館で確認された。したがって、文章は埋められた一つのシリンダーだけに生きていたのではない。写され、読むことができた。ここに見える粘土板は汎用のもので、実際の断片の大きさでは描かれていない。
場面 8 / 8 · 1879年から現在まで
今日のシリンダーの読まれ方
一つの対象を、さまざまに読む。後の章では、それらの読みを出典とともに並べる。
解説
シリンダーは今日、複数の仕方で読まれている。帝国の諸民族と神々を尊重した支配者を見る人もいる。専門家は、古い伝統にのっとったバビロニア王の碑文と読む。
準備中の章「帰還」と「遺産」は、これらの読みを並べて示す。私たちは読みを記述する。そのどれも支持しない。
帝国の諸民族を尊重した支配者
多くの読者は、シリンダーに、他者の神々を敬い、強制移住させられた共同体の帰郷を認めた王の姿を見る。
Encyclopaedia Iranica, Cyrus Cylinder, Encyclopaedia Iranica online, 2013 要確認
バビロニアの王の文書
専門家は、キュロスをマルドゥクに選ばれた正統な王として示す、バビロニア王の伝統にのっとった奠基碑文と読む。
A. Kuhrt, The Cyrus Cylinder and Achaemenid Imperial Policy, Journal for the Study of the Old Testament 8 (25), 1983, pp. 83 to 97 要確認I. Finkel (ed.), The Cyrus Cylinder: The King of Persia’s Proclamation from Ancient Babylon, 2013, introduction 要確認
出典: A. Kuhrt, The Cyrus Cylinder and Achaemenid Imperial Policy, Journal for the Study of the Old Testament 8 (25), 1983, pp. 83 to 97 要確認 · Encyclopaedia Iranica, Cyrus Cylinder, Encyclopaedia Iranica online, 2013 要確認 · I. Finkel (ed.), The Cyrus Cylinder: The King of Persia’s Proclamation from Ancient Babylon, 2013, introduction 要確認
ナレーション台本
今日、シリンダーは複数の仕方で読まれている。帝国の神々と諸民族を尊重した支配者を見る人もいる。専門家は、古い伝統にのっとったバビロニア王の文書と読む。後の章は、これらの読みを出典とともに並べて示す。私たちはそれらを記述する。どれかを選ぶことはしない。
情報源
- M. Cogan (translation), adapted to H. Schaudig’s edition, The Cyrus Cylinder, lines 1 to 45, The Context of Scripture, vol. II, 2003 (Livius.org edition) 二次資料
- I. Finkel (ed.), The Cyrus Cylinder: The King of Persia’s Proclamation from Ancient Babylon, 2013 要確認
- The British Museum, The Cyrus Cylinder, museum number 1880,0617.1941 (BM 90920), collection record, 2026 要確認
- A. Kuhrt, The Cyrus Cylinder and Achaemenid Imperial Policy, Journal for the Study of the Old Testament 8 (25), 1983 要確認
- P. Briant, trans. P. T. Daniels, From Cyrus to Alexander: A History of the Persian Empire, 2002 要確認
- Encyclopaedia Iranica, Cyrus Cylinder, Encyclopaedia Iranica online, 2013 要確認
- D. Stronach, Pasargadae: A Report on the Excavations Conducted by the British Institute of Persian Studies from 1961 to 1963, 1978 要確認
- R. Koldewey, trans. A. S. Johns, The Excavations at Babylon, 1914 検証済み
- P.-R. Berger, Der Kyros-Zylinder mit dem Zusatzfragment BIN II Nr. 32, Zeitschrift für Assyriologie 64, 1975 要確認